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魔法少女リリカルなのはA→S 第十一話 ~Side FATE Ⅷ~

「エターナル・ジェネシス、マテリアルチャージ」

《Element material Lightning, Trick material Continuous Charge》

 つい先程まで臨戦態勢だったのに聖の背に羽が現れた途端、何故か硬直したレイリアを他所に、聖は次の行動に移っていた。
 「創世の杖」……エターナル・ジェネシスが声をあげ、残っていた四つの穴のうち二つに黄色の宝石と虹色の宝石がセットされ、球型の魔方陣が展開される。そしてそれがエターナル・ジェネシスへと取り込まれた。
 その瞬間、聖の前に発射体(スフィア)が形成された。その数……三十八基。
 見覚えのある状況に誰より驚いたのは、その魔法のオリジナルの使用者であるフェイトだった。

「嘘っ!? あれって、まさか!?」

 だが、フェイトのあまりに非常識な答えは、見事に肯定された。

「フォトンランサー・ファランクスシフト、ファイアッ!」

 声を上げたのはもちろんフェイトではない。聖だ。
 聖は、詠唱もなしにフェイトが得意とする高難易度の魔法を、使いこなして見せたのだ。

「――う、嘘っ!?」

 いや、違った。
 速度、操作性共にフェイトのそれを遥かに上回っていた。得意魔法のひとつをこうも容易く扱われては、正直立つ瀬がない。

「くっ、アトロポス!」

《Delete》

 ようやく正気に戻ったレイリアが慌ててアトロポスの「消去」の力を起動させる。

「……え? ちょ、う、嘘でしょ!?」

 だが、次の瞬間にはレイリアはフェイトと同じように驚愕の声を上げていた。
 フェイトの時は涼しい顔ですべてを消し去ったはずの「消失」の力が、聖のそれは確かに「消去」してはいるが受ける度にレイリアが後方へと押されているのだ。

「くぅっ……」

 数メートルは吹き飛ばされながら、それでも何とか全弾防いだレイリア。しかし、その表情は余裕どころか先程よりさらに青ざめている。

「ま、魔力八十パーセント、ロスト? AAAランクの魔導師の、ほぼすべてと言っていいほどの魔力の八十パーセントを、たった一回の魔法で?」

「あ、あはは……」

 もはや笑う事しか出来ないフェイト。
 以前レイリアのマテリアルシステムを「反則だ」と言ったが、

(お、お兄さんの方が馬鹿みたいに反則だった……)

 とんでもない隠し玉に、フェイトは頼もしく思いつつも戦々恐々とせざるを得なかった。

「ふ、ふふ……ふざけるなぁ!」

 あまりに非常識的な逆転劇に、レイリアはついにキレてしまう。

「アトロポス、全魔力解放! 往きなさい、血の道の案内人……ブラッディ・ガイドッ!」

《Bloody guide》

 残された魔力すべてを込めた、アトロポス最強の技、ブラッディ・ガイド。それを聖に向けて放つ。

(完全に頭に血が上っている……あれの攻略法を、私やはやてがお兄さんの目の前で見せたというのに)

 フェイトはそう正直な感想を心の中で呟きながら、じっとその戦いの行く末を見つめていた。

「……へっ!?」

 その光景を見て、今日という日が夢であって欲しいと、ここまで切に願った事はなかった。
 驚いた事に、聖は魔法を使おうとしなかったのだ。ただじっと、その場に佇みながらブラッディ・ガイドの到来を待ち続けている。
 そして、ブラッディ・ガイドと聖がぶつかり合……わなかった。
 ブラッディ・ガイドがぶつかる寸前、掲げられた聖の左手に触れられると同時に、ブラッディ・ガイドが音もなく消え去ってしまったのだ。

「な、何よ、それ……」

 もはやレイリアは哀れと思える程に、全身を震わせ、顔を真っ青に染め上げていた。

「……聞いていないのかい? 僕の稀少技能(レアスキル)のひとつ、『魔法破壊(スペルブレイカー)』について」

「スペル、ブレイカー?」

 レイリアの代わりにその疑問を口にしたのはフェイトだった。
 そういえば先程レイリアの剣をエターナル・ジェネシスがはじいた時、エターナル・ジェネシスからそんな単語が聞こえたような気がした。

「言葉通り、他者が放った魔法の破壊、つまり、無力化だよ。その効果は魔法で発生した効果……氷結や電撃といった属性魔法も対象になる。特殊な固有スキルで魔力も消費しない、絶対魔法防御技能。まあ、覚醒していない状態だと効果は半減……魔法抵抗程度の能力に落ちるけどね」

「あっ……」

 ようやく前回の公園での戦闘の時、聖が結界内に侵入できた事、先程レイリアがポツリと呟いた『オブレヴィオン・ナイフ』の効き目が遅い、という台詞の意味を理解出来た。

「欠点もあるけどね。『魔法破壊(スペルブレイカー)』は発動すると攻撃魔法は元より回復、支援系の魔法も無効化してしまう。だから味方の支援は受けられないんだけど……」

《Sonic move》

「えっ?」

 レイリアからその声が漏れるのと、聖がエターナル・ジェネシスをレイリアに突き付けるのはほぼ同時だった。あまりに突然の事に頭が回らず、レイリアの手からアトロポスが滑り落ちる。

「さっき言った通り対象は『他者からの魔法』。だから自分で発動した回復や支援魔法は対象外、ってわけ。あとはデバイス自体を武器として扱い、魔法もカートリッジシステムを初めとしたブースト系が主なアームド・デバイス型の多いベルカ式の対処法だけど、それに関しては僕の実力で排除、しかないかな」

 微笑みながら呟く聖だったが、魔導師であるフェイトからすればとんでもない稀少技能(レアスキル)だ。
 早い話、聖には個人特定であるがAMF(アンチ・マギリング・フィールド)が常時、しかもノーコストで発生させ続ける事が出来るという事である。しかも属性効果も無効化ときている。おまけにブラッディ・ガイドまで無効化したのだから威力を上げるだけでは突き破る事が出来ない。唯一、結界破壊の効果を持つ、なのはのスターライトブレイカーならば貫通は可能かもしれないが。
 だがやはり魔法が主力である現在の戦闘技術……特にミッドチルダ式からすれば脅威以外の何者でもなかった。聖の述べた通りベルカ式ならば多少は戦えるだろうが、少なくとも聖の言葉から単純な戦技技術に対する不安は感じ取れなかった。むしろ『騎士』の称号を与えられ、自ら剣技には自信があると言っていたレイリアが、いくら呆けていたとはいえまったく動けずにいたところを見ると、かなりレベルが高いと考えていいだろう。
 それに、先程から垣間見える魔法技術に関する知識。聖は間違いなく魔法技術のまったくなかった世界の出身、現に覚醒するまで魔法技術に関する知識を垣間見られた事などなかった。

(凄い……今のお兄さんには、あの「闇の書」の防衛プログラムを倒した私やなのは、はやて、守護騎士(ヴォルケンリッター)全員、それにクロノやユーノ、アルフを加えた夢のようなパーティーでも、全然勝てる気がしない……だけど)

 エターナル・ジェネシスとそれに組み込まれている「マテリアルシステム」を介して発動される強大な魔法、覚醒とともに与えられたと思われる元『騎士』との間合いをあっという間にゼロにした戦技技術、そして魔法に対する知識。
 通常で考えるならば、これほど心強い味方はない。だが、フェイトには……自分の知っている、そして淡い想いを抱いている、「優しいお兄さん」ではなくなっていくような気がして、心の中のもやもやが収まってくれなかった。

「……どうしたのよ、さっさと殺しなさいよ!」

 もはや抵抗する意思がなくなったのか、レイリアは吐き捨てるようにそう言った。
 だが、聖はそんなレイリアを見て小さくため息を吐くと、突き付けていたエターナル・ジェネシスを下ろした。

「なっ!?」

 驚くレイリアを余所に、聖は真っ直ぐフェイトの元へ歩み寄った。そしてその視線をフェイトの視線に合わせるように膝立ちになると、エターナル・ジェネシスを持ち替え、右手でフェイトの顔に触れた。

「あっ……」

 するとその手から暖かい何かが体の中に流れる気がした。同時に痛みがどんどん引いていく。治癒魔法のようだ。

「……なあ、ここまですればもう充分だろ? それに……僕を殺せば、フェイトちゃんはきっと君のような復讐者になってしまう。フェイトちゃんを殺せば、僕を始めとした彼女の事が好きな人達が、復讐者になってしまう。君のお兄さんは、管理局の魔導師だったんだろ? 君自身も、聖王教会の騎士だったんだろ? その悲しみの連鎖が、どれほど無意味でばかげている事か……分からない事じゃないだろ?」

 レイリアに背を向けながら、諭すような口調で聖は呟く。

「お兄さん……」

 されるがまま、聖の治癒を受けていたフェイトは、自分の知っている聖とは違ってしまったような目の前にいる青年に、おそるおそる声をかけた。

「……怖いかい? 僕が」

 だが、少し困ったような表情で呟かれたその言葉で、すべてが杞憂だったと理解した。
 変わってなどいない。目の前にいる青年は、間違いなく自分の知る、あの、優しい青年の瞳そのままだったから。
 だから、フェイトは答えた。正直に、今の自分の心を。

「……ううん、そんな事ないです。だって……瞳が、私の知っている大好きな『聖お兄さん』のままだから……あの眼差し、そのものだから」

 その言葉に聖は一瞬だけ驚いたような顔をした後、満面の笑みに変えてフェイトの頭を優しく撫でた。
 少しこそばゆく感じながらも、頬を染めて嬉しそうにその行為を受けていたフェイトはふと気が付く。

(そういえば頭を撫でてくれる人って聖さん以外にはいなかったな……)

 そしてそれを嬉しく思っているあたり、先程聖が述べてくれた自分の評価に「意外と甘えん坊」という言葉が追加されるのはそう遠くないかもしれないな、などと考えていた。

「……私は」

 だがそんな思考も、レイリアの嗚咽の混じった声に中断される。聖とフェイトは同時に視線をレイリアに移した。

「大好きだったの、お兄ちゃんが。本当はお姉ちゃんに渡したくなかったくらい、本当に大好きだった。お兄ちゃんみたいな人になりたくて私は聖王騎士団に入った、そして頑張った。だから『騎士』になれた……だけど、お兄ちゃんがいなくなってからは本当に抜け殻のようだった。お姉ちゃんが毎日励ましてくれたって言ったけど、本当は全然覚えていない。それくらい、空っぽだった。だけどある日……私の前に神様が現れた」

 「神様」という単語が出た途端、聖の表情が硬くなったのをフェイトは見逃さなかった。

「神様は私に『アトロポス』とフェイト・テスタロッサ……あなたの事を教えてくれた。その瞬間、私は『復讐』という生きる目的を手に入れた。それだけを糧に、生きてきた。生きてきたのに……」

 ついにはレイリアの瞳から涙が溢れ出した。

「本当は分かってた。あなたがあの事件でどれほど苦しんでいたかも、それを償おうと一生懸命生きている事も。でも、そうでもしないと私自身が壊れそうだった。本当の私は『騎士』の器なんかじゃないの。だって……自覚している程、こんなにも心が弱いんだから……」

 涙しながら言葉を紡ぐレイリアは、もう先程までの好戦的な態度も、騎士のような凛とした佇まいも見られず、歳相応の、一人の女性の姿だった。

「……確かに君は弱い人間なのかもしれない。だけど、それに気が付き、そして認める事が出来た。だったらきっと……強くなれる。その素質は今君が自分で示したじゃないか。後は……君次第だよ」

「………」

「あの、レイリア……さん」

 聖の言葉に沈黙したレイリアに、フェイトは勇気を出して話しかける。

「こういう事を言うのは差し出がましいかもしれないんですけど……今回の件、『アトロポス』の影響で『罪』としては殆ど成り立ちません。もし多少の影響が出ても、私が何とかして取り計らいます。だから……もう一度、『騎士』として剣を取るつもりはありませんか?」

 レイリアも流石に驚いた表情で顔を上げる。

「優秀な魔導師はいくらいても足りないもの……義兄や義母の言葉です。『アトロポス』の事を除いてもレイリアさんの能力と剣技、ここで失うには凄く惜しいと思うから……だから、その……」

 自分でもとんでもない事を言っている自覚はあるので、最後の方がどうしても囁くような小さな声になってしまった。
 だが、そんなフェイトの様子をレイリアは……目の端にまだ涙を浮かべたままだったが、小さく微笑んでいた。

「……自分を殺そうとした相手なのに、よくそんな事が言えるのね」

「元を正せば、私に責任がありますから」

「あなたの大切な『お兄さん』を傷付けようとした事は?」

 フェイトはちらりと聖に視線を移す。
 聖は笑っていた。それが答えのようだ。
 一番の被害者であるはずの聖がこれならば、もうフェイトにレイリアを責める理由は残されていない。

「気にしていないようですよ」

「ふ……あはは」

 フェイトのその言葉を聞いた途端、レイリアはついに声を上げて……笑った。

「二人とも、底抜けのお人好しなのね」

 その言葉にフェイトは少し頬を染める事で、聖は、

「それが僕の取り柄のひとつだからね」

 笑顔で呟かれたその言葉で、答えた。その様子を見てレイリアはさらに笑う。

「……こっちに来て。『オブレヴィオン・ナイフ』、まだ刺さったままなんでしょ? 絶対魔法防御技能『魔法破壊(スペルブレイカー)』、すごい技能だけど、発生前に受けた効果は進行を止められても破壊は出来ないのね……私が『アトロポス』の魔力を完全に絶てば消えるから……」

 ひときしり笑った後、レイリアはそう言って魔力が尽きかけて柄だけになったアトロポスに手を伸ばし……そこで、今度は誰もが予想しなかった出来事が起きた。
 まだレイリアが触れてもいないのに、アトロポスがその黒炎の刀身を復活させたのだ。しかもその刀身はとてつもない勢いで大きくなっている。そして時を同じくして、聖が胸を抑えてその場にうずくまった。

「お兄さん!?」

 フェイトが慌てて聖を支えようとして、その胸に、先程までは見えないくらいに薄くなっていた『オブレヴィオン・ナイフ』が、再び色濃くなっているのを見て愕然としてしまう。

「ど、どういう事なの? お願い、アトロポス、止まってよ! もういい、もういいから……お願いだから、止まってよぉっ!」

 そう叫びながらも、レイリアは暴走していると言っても過言ではないアトロポスを何とか手に収め、残った微量な魔力に停止命令を乗せて送り込む。
 だが、それはほんの一瞬だけ刀身の拡大を止めただけで、すぐに効果を失った。

「この……止まれって言ってるでしょ! マスターの言う事聞きなさいよ!」

《……チガウ》

「えっ?」

 まさか答えが返ってくるとは思っていなかったレイリアは、間の抜けた声を上げてしまった。
 しかも最初に現れた時のエターナル・ジェネシス同様、フェイト達が暮らしている世界の言語のひとつ……日本語で語られている。その声は、機械的な声で言葉を続けた。

《……オマエ、ハ……ワタシノ、ますたー、デハ……ナイ!》

「――!」

 そして、その声が放たれると同時にアトロポスがその黒炎でレイリアに纏わり始める。まるでレイリアを……取り込もうとしているかのように。

「くっ……うぅ」

「レイリアさん!」

 慌ててレイリアを救出しようとしたフェイトだったが、もう遅かったようだ。黒炎はレイリアを完全に飲み込み、いくら呼んでもレイリアの声は返ってこなくなった。
 同時にアトロポスから大量の黒炎が噴き出され、フェイト達に襲い掛かってくる。

「フェイトちゃん!」

 聖はフェイトの手を掴み、マントの下に隠すように庇う。それからほんの数秒後にフェイトの視界が真っ黒に染まった。

「っ……」

 そのあまりの不気味さに思わず目を閉じるフェイト。少ししてまぶたの上から光を……おそらく聖がマントを払ったのだろう……感じると、そっと瞳を開ける。

「な、何、これ……」

 改めて瞳に入ってきた光景に、フェイトは息を呑む。
 自分の周囲……性格には聖を中心にようやく二人入れるかという範囲を残し、周囲にあったはずの緑色の大地が、すべて茶色の荒れ果てた姿になっていたのだ。

「しょ、『消失』の力?」

 明らかに「ブラッディ・ガイド」以上の範囲を削られている未知の魔法に、フェイトに再び、あの時の戦慄が蘇り始めていた。おそらく聖の稀少技能(レアスキル)『魔法破壊(スペルブレイカー)』がなければその効果に飲み込まれていただろう。

「……そういう事かよ、あいつ……」

 聖は一言そう呟くと、その場に膝をつき荒い息を繰り返す。

「お兄さん!」

 フェイトはその身を支えながら聖の胸に刺さっている『オブレヴィオン・ナイフ』を抜こうと手を掛けようとする。

「触っちゃ駄目だ!」

「きゃっ!?」

 だが聖の叫び声に反応し、すぐに手を引っ込めた。

「効果が異常なまでに高まっている。『魔法破壊(スペルブレイカー)』で進行を止められないくらいまでに。今のこれに触れたらその瞬間、フェイトちゃんは間違いなく『消失』しちゃうよ」

「で、でもこのままじゃ……」

 このままでは聖が「消失」し、そうなってしまったらフェイトのしてきた事がすべて無駄になってしまう。

「方法はある……『アトロポス』を完全消滅させる事だ」

「アトロポスの……完全消滅? でも……」

 フェイトは周囲を見渡した。だが、どこにも見当たらないのだ。
 アトロポスも、そしてレイリアも。

「さっきの攻撃の不意をついて、『表』に出たんだよ」

「表?」

「僕達の本来の世界……そこの、大西洋側に、あいつはいる」

「――!?」

 フェイトは声にならない声を上げる。
 あんなものがあの世界に出てはそれこそ本当に「破滅」だ。何しろ「消失」の力で全ての攻撃は無効化され、そして全てのものは消え去ってしまう。
 何よりあの世界は「管理外世界」だ。常駐の魔導師など、数える程しかいない。物理兵器は嫌という程あるようだが、そんなものが通じるはずもない。単なる資源の無駄使いと自然破壊にしかならないだろう。

「そんな……どうすれば……」

 聖はとても戦える状態には見えないし、かといってフェイトが対抗できるかと問われれば、悔しいが「ノー」としか言いようがない。
 あまりに絶望的な状況に、さすがのフェイトも思わず涙を浮かべる。
 そんなフェイトの頭を聖は右手で優しく撫でる。

「お兄さん……」

 きっと、彼は優しく微笑んでくれている。その笑顔を見れば、少しは安心できるかもしれない。
 そう思い顔を上げたフェイトは……思わず身を硬くした。
 その、まるで按手(あんしゅ)のような優しい手とは裏腹に、聖の瞳はまだ決して諦めてなどいない、強い意志で溢れていた。それを見てフェイトは理解する。
 聖は自分の知る優しい「兄のような存在」であると同時に、もう、自分がまだよく知らない、一人の立派な「魔導師」でもあるのだという事に。
 まだ覚醒して間もない彼がこんなにも強い意志を示しているのに、幼い頃から「魔導師」として生きてきた自分は一体何をしているのだろう。ただ年下であるという事だけで、何をこんなにも甘えているのだろう。
 フェイトは目元を右の手の甲で乱暴にこすり、両の手の平で頬を挟むように強く叩いてから、再び聖に視線を戻した。
 そんなフェイトの瞳を見て、聖はようやく微笑む。

「フェイトちゃん、君に頼みがある。今は、君にしか出来ない事なんだ」

「はい!」

 その内容も聞かず、フェイトは力強く頷いた。そんな様子を見て、聖はもう一度優しくその頭を撫でると、その右手をフェイトの頬に当てた。

「……?」

 次の瞬間、フェイトはとても信じられない状況に直面する事になった。


「……いた」

 再びバリア・ジャケットに身を包んだフェイトは、「それ」をすぐに発見する事が出来た。何しろ聖が開けてくれた「出口」から、そう遠くない場所にまだいたからだ。
 大西洋のど真ん中……海にその半身を浸けながらもまだその大きさは見上げるほどにある。その大きさは想像を絶していた。

「バルディッシュ、広域結界、展開」

《Yes sir》

 フェイトの声を合図に、バルディッシュは周囲に結界を張る。それに気が付いた「それ」は、ゆっくりとフェイトの方に向き直った。
 だが、自分でも不思議なほど、もうフェイトには恐怖心など微塵もなかった。
 きっとそれは、聖がくれた対抗手段と、そして小さな魔法のお陰だろう。

「――!」

 その事を思い出した途端、フェイトの頬が真っ赤に染まった。
 何しろ頬にとはいえ、彼にキスをされたのだから。


「えっ? は? ふ? ええっ!?」

 当然の如く、フェイトの頭は混乱の極みに陥った。

「ごめんね、でもちょっと必要な事なんだ。犬にでも噛まれたと思って忘れて」

「いえ、それはちょっともったいない……」

「……?」

「なっ、何でもないです!」

 もの凄い勢いで両手を横に振るフェイトを聖は不思議そうに見ていたが、すぐに気を取り直してエターナル・ジェネシスの周囲にある六つの穴の方の白い宝石と虹色の宝石部分に手を触れた。
 すると、その二つの宝石はエターナル・ジェネシスから分離し、聖はその二つを握って念じるように瞳を閉じる。
 次の瞬間、指の間から光が漏れ、手の平を開くとひとつの白い、一回り大きめの宝石になっていた。聖はそれをフェイトに手渡す。

「今から『表』の世界への出口を開く。だから、フェイトちゃん。あれを……アトロポスを、止めて欲しい」

「……聖さんは?」

「……僕はここに残る。ここは僕とちょっとした関係のある地でね。ここなら、『オブレヴィオン・ナイフ』の効果を遅延させる事が出来る。だから、僕が『消失』してしまう前に、『アトロポス』を完全破壊して欲しいんだ」

「そうすればお兄さんは助かるんですね?」

 聖は小さく頷く。

「でも、気を付けて。恐らく『アトロポス』は暴走して、レイリアを吸収して媒介にする事で『神獣』の姿に戻っているはずだ」

「神獣?」

「時間がないから詳しい説明は省くけど、『アトロポス』は元々『神獣』と呼ばれる特別な存在を、剣状の特別な封印具に封印して作り上げられた『神具』なんだ。その『神獣』の名前こそが『命の糸を切るはさみ(アトロポス)』。消失の力を持つ、強力無比な『神獣』だよ」

「それを、倒せばいいんですか?」

「うん。一人ではかなりきついと思うけど……そのマテリアルがあれば、戦い方次第で互角以上の勝負になるはずだ。あ、あと、これも持っていって」

 そう言って聖は再び手の平と瞳を閉じる。すると今度は、何とカートリッジが入ったローダーが現れた。

「念の為にね。でも、これはマテリアルとは違って体に負担が掛かるものだから、使用はなるべく控えてね」

「いや、あの……何で?」

 呆けた顔で尋ねるフェイトだったが、聖はウインクをして、ただこう答えただけだった。

「何かを作り出すのは、得意なんだよ。お菓子だけじゃなくてね」

 そんな聖にフェイトは小さく噴き出してから、ローダーを受け取りバルディッシュにセットする。

「バルデッシュ・アサルト、セット・アップ!」

 そしてバリア・ジャケットを身に纏い、聖に微笑む。

「お兄さん、この事件が終わったら、ご褒美が欲しいです」

「ご褒美?」

「はい、あの……留学する前に、もう一回、一緒にお出かけして下さい。今度は……ちょっと遠出したいです」

「………」

 聖は一瞬考える素振りを見せた後、小さく頷いた。

「……そう、だね。今度は遊園地とか動物園とか、もうちょっと遊べるところにしようか」

 だがその言葉にフェイトは思わずこけそうになってしまう。フェイトとしてはもうちょっと色気のある場所というか……デートっぽい場所を期待していたのだが、それではデートというよりただの行楽だった。

(だけど、お兄さんらしいかな)

 まだまだそういう対象に見てもらえるには、自分に磨きを掛けないといけない、という事なのだろう。だが、今ならそれを楽しそうと思える自分がいた。
 もう、フェイトと聖の間に、秘密はなくなったのだから。

「それと、もうひとつ、いいですか?」

「もうひとつ?」

 どちらかというと、こっちの方がメインだったりする。
 何しろ、自分だって女の子なのだから、

「はい、あの、出来ればその時に……お兄さんのプリン、食べたいです」

 甘いものが、大好きなのだから。
 そんなフェイトに、聖は笑顔で頷いた。
 それを確認したフェイトは、聖に満面の笑みを見せてから背を向ける。

「それじゃあ、行ってきます!」


「……それにしても……これが、『神獣』?」

 その姿に、フェイトは驚きを隠せないでいた。
 巨大で、黒い翼を背に宿した、でも、美しい女性の姿。それは、十人に聞けばその全員がこう答えるだろう姿だった。

「天使……」

 黒き翼を持った天使……アトロポス。媒介となっている為か、何となくレイリアに似ていた。

「お願い、もうこれ以上……人々を、苦しめないで」

 その絶対的な力でレイリアを誘惑し、自分を、アルフを傷付け、そして、聖を今にも消滅させようとしている存在。

「どうしてそんな事をするの? 一体、何の為にこんな事をしているの?」

 今まで戦ってきた相手には、善であれ悪であれ、それぞれちゃんとした理由をもっていた。
 母、プレシア・テスタロッサは亡き最愛の娘の為。守護騎士(ヴォルケンリッター)は主、はやての為。レイリアは、復讐の為。
 彼女にも、何か理由があるのだろうか。その、悲しそうな表情を見ていたらそう思わずにはいられなかった。
 だが、アトロポスは答える様子もなく、己の魔力を高めている。どうやら問答無用のようだ。

「……本当に、私の相手は頑固で意地っ張り人が多いな」

 その筆頭である最愛の親友の顔を思い出しながら、フェイトは苦笑を漏らす。
 それが、フェイトの見せた最後の笑顔になった。
 左手に握っていた宝石……マテリアルを、バルディッシュの宝石の部分に触れさせる。するとマテリアルは吸い込まれるように消えていった。

「……バルディッシュ、ジェネシスマテリアル、オーバードライブッ!」

《Genesis material Over drive》

 フェイトの声に答えるように、球型の魔方陣が展開され、バルディッシュと、フェイトの纏うバリア・ジャケットが姿を変える。
 バルディッシュは、双剣の姿に……右手に持つ剣は、カートリッジシステムの組み込まれたザンバーモードをふた周りほど小さくしたような姿に、左手の剣はマテリアルシステムの組み込まれた、白い宝石を柄の部分に納めた、同じ大きさの姿に変わる。
 そしてバリア・ジャケットは、マントの色が変わった。
 まるでフェイトの純粋さ、強さを示すような……真っ白な、マントへと。

「これって……」

――フェイトちゃん、白も似合うと思うけど。

 初めて聖と買い物に出かけた時の彼の言葉を思い出し、フェイトの胸に暖かいものが溢れる。

(似合っていますか? お兄さん……)

 この場にはいない、このプレゼントの送り主に心の中で尋ねる。
 そっと、フェイトは瞳を閉じた。すると、その背に新たなものが姿を現す。
 命の母である海を訪仏させるような……青く、美しい、一対二枚の、翼が。

「……時空管理局嘱託魔導師、フェイト・T・ハラオウンとバルディッシュ・ジェネシス……行きます!」

 双剣となったバルディッシュを構え、瞳を開き、アトロポスを見据える。
 この世界の全ての命と、大切な人の思いを掛けた決戦が、始まった。


《Plasma lancer Phalanx shift》

「プラズマランサー・ファランクスシフト……ファイアッ!」

 詠唱も行わず、カートリッジも消費せずにフェイトは三十八基の発射体(スフィア)を形成し、一斉に射出を開始する。不意の奇襲に驚いたアトロポスはその全弾を受けてしまう。

(……いや、違う、当たっていない)

 放った魔法弾が全て「消失」していたのをフェイトは見逃さなかった。やはりその力は健在のようだ。
 お返しとばかりにアトロポスはイレイサーダガーを形成し、フェイトに向かって射出する。

「ふっ!」

 だが、フェイトは避けようとも相殺する為の魔法弾を形成しようともせず、掛け声とともにアトロポスに向かって突撃していった。

《Spell breaker》

 イレイサーダガーとフェイトが衝突をするその瞬間、どういう事かイレイサーダガーは音もなく消え去っていった。
 聖の稀少技能(レアスキル)、『魔法破壊(スペルブレイカー)』だ。絶対無比な威力である「消失」の力だが、魔力である事には変わりない。
 つまり、今のフェイトには……魔法攻撃は、まったく利かない。
 その間にもフェイトは、聖に授けられた青き翼で、白いマントをなびかせながらアトロポスとの距離をゼロにしていく。
 どんどん胸が高鳴っていく。この戦いに掛けられた、自分への使命と、そして戦いに対する純粋な高揚感で。

《Jet zamber cross》

「撃ち抜け、二対の雷神! ジェットザンバー・クロスッ!」

 アトロポスとの距離をゼロにしたフェイトはその双剣で十字を描くように交互に振り抜いた。

――アアアァァァッッッ!

 初めてアトロポスが声を上げた。それはまるで破壊を招く歌のように、周囲の海に衝撃波となって伝わり、海がうねりを上げた。
 だが、やはりダメージは通っていないようだ。

(やっぱり、「消失」の力がすごく厄介……)

 改めて距離を取りながら、フェイトは思わず舌打ちをする。そしてちらりと左手の剣を見た。
 その柄の部分にある宝石……マテリアルの色が、少しだけ薄くなっていた。魔力が消耗されている証拠だ。
 今のフェイトが普段ならありえないスピードで魔法を繰り出せるのも、フェイトにとっては先天性のないはずの稀少技能(レアスキル)である『魔法破壊(スペルブレイカー)』を展開できるのも、今の高い防御性能を誇るバリア・ジャケットを纏えるのも、全てはこのマテリアルのお陰である事をフェイトは理解していた。
 すなわちそれは、こうして何もしていない状態でも常にマテリアルから魔力が消費されているという事である。つまり、長時間の戦闘になればなる程、フェイトには不利な状況になってしまうのだ。
 一応、『魔法破壊(スペルブレイカー)』とともにマテリアルに登録されていた聖の大技と思われるものはある。だが、それは残された魔力の全てを注ぎ込んで使う、本当の意味での最終手段なのだ。早めに撃てば撃つほどその威力は増すが、時間が経てば経つほど最悪発動すら出来なくなってしまう。

(出来る事なら、アトロポスが「消失」の力を発動できなくなるまで魔力を消費させてから打つのが望ましい。だけど……)

 アトロポスはさっきからフェイトに攻撃を仕掛けてこようとしなかった。どうやらフェイトの今の力の仕組みを見破ったようだ。攻撃を誘うように、じっとフェイトを見据えている。

(こうしている間にもお兄さんは……)

 自分に全てを託してくれた人の顔が脳裏に浮かぶ。その、優しい笑顔を、フェイトは絶対に失いたくなかった。

(こうなったらもう賭けに出るしかない!)

 フェイトは決意を固め、その命令を告げようとする。
 その時だった。

《Genocide breaker》

「えっ!?」

 機械的な声とともに、深い闇の色をした砲撃がアトロポスに降り注いだ。

――アアアァァァッッッ!

 再びアトロポスが叫び声を上げる。そして途中からその砲撃をもろに受け始める。
 アトロポスの魔力が切れたのだ。そしてフェイトがこのチャンスを逃すはずがなかった。

「バルディッシュ、ジェネシスマテリアル、リミットブレイク!」

《Genesis material Limit break》

 球型の魔方陣が展開されると同時に、両手の剣が巨大化する。
 リミットブレイクモード……オーバードライブモードでも使われない、マテリアル本来が持つ魔力すらも解き放ち活用する。代償として本来はマテリアルで制御されている負荷をもろに受け、そして使用後はマテリアルが砕け、二度と使用する事が出来なくなる、まさに最終手段だ。

「くうっ……」

 そのあまりに大きい負荷に、フェイトは思わず声を上げる。
 無理もない。マテリアルに納められている魔力はカートリッジ千発分にのぼるのだ。しかもフェイトは、本来はその魔力を両手の剣に均等に振り分けるはずのものを、左手の剣に多くを集中させているのだ。それは剣の大きさの違いを見れば一目瞭然だった。

「……バルディッシュ、カートリッジリロード!」

 歯を食いしばりながら、フェイトは命令する。カートリッジを使う事で右手の剣の魔力を補う、それがフェイトの考えだった。まさに、全魔力を注ぎ込んだ一撃になる。
 だが、

《………》

「バルディッシュ?」

 バルディッシュは主の声に答えようとしない。
 もともとバルディッシュは寡黙ではあるが、主人を思う心はなのはのレイジングハートに負けていない。二つの違いは、レイジングハートは自らも、主であるなのはの命の危険も顧みず、その命令に答え、バルディッシュは、自らは危険に陥っても決して主を危険に晒す事はしない、同じ言葉でありながら性質はまったく違う「忠誠心」の違いだった。
 だから、バルディッシュは悩んでいた。ここでカートリッジを使用すれば、真の全力となる。これでアトロポスを止められなければ自分も主であるフェイトも諦めだってつくし、何より主の思いに答えたいというバルディッシュの思いもある。
 だが使用すれば、間違いなくフェイトにこれまでにない負担を強いる事になる。そうなればなのはと同じように二度と戦えなくなってしまうかもしれない事になってしまう事も考えられるし、最悪、死を迎える可能性だってないとは言えない。
 己の意思をもつインテリジェット・デバイス特有の葛藤だった。

「……バルディッシュ」

 その葛藤に気が付いたのだろう。フェイトは優しく、しかし力強く、バルディッシュに語り掛ける。

「聞いて、バルディッシュ。あなたが私を心配してくれる気持ちは分かる。だけど、ここで力をセーブして、もしアトロポスを倒せなかったら、この世界は言葉通り『破滅』を迎える。アリサやすずかといった友達、なのはや私達が過ごしている家、この世界の美しい景色……その全てが、『消失』されてしまうの。何より、私に……私達に、後悔が残る。それだけは絶対に……嫌なの!」

《………》

「お願い! 私を信じて全てを託してくれたお兄さんを、そのお兄さんを信じている私を……信じて! バルディッシュ!!」

《……Load cartridge》

 フェイトの思いに、ついにバルディッシュは答えた。カートリッジ全弾を読み込み、右手の剣に全てを注ぎ込む。

「……ありがとう、バルディッシュ」

 一本が通常のザンバーモードと同じくらいの大きさまで巨大化した二本の剣に魔方陣の術式が吸い込まれていく。フェイトは右腕の剣を頭上から掲げるように、左手の剣を右脇に来るように左腕を交差させるように構える。

「崩魔聖心(崩れるような魔力を抱いても、聖なる心はこの胸に)……」

《Innocent crusade》

「裁きの光よ、闇を祓え! イノセント・クルセイドッ!」

 そして、トリガーである呪文を叫び、ジェットザンバー・クロスと同じように両手の剣を一気に振り抜いた。その魔力は一気に放たれ、アトロポスへと襲い掛かる。

――アアアァァァッッッ!

 三度目の咆哮。だが、今回は違った。アトロポスはイノセント・クルセイドの攻撃を受けると同時に、その身が次々と崩れ落ちていった。
 やがて、その殆どが崩れ落ち、中から人影が現れる。それはフェイトが見知った人物……レイリアだった。

「レイリアさん!」

 慌てて近寄り、その身を支えるフェイト。だがそれと同時にフェイトの体も傾く。

「!? そっか、マテリアルの魔力を全て注ぎ込んだから……」

 ジェネシスマテリアルの力で具現化されていた青い翼が消えようとしているのは、もはや避けられない事なのだろう。フェイト自身の魔力も全て注ぎ込んだ為、自力飛行も危うい。
 最後の力を振り絞り、何とか近くの島に不時着を果たす。同時にバルディッシュはマテリアルを排出し、スタンバイモードに戻る。バリア・ジャケットも消え、普段の服に戻った。ギリギリセーフのようだ。

「痛っ!」

 その瞬間、フェイトの体に激痛が走る。無理をした影響が出始めたようだ。

「……えへへ、やったよ、お兄さん」

 レイリアを下ろし、その横に仰向けに倒れながらも、フェイトの表情に笑顔が浮かぶ。
 きっと、聖は頑張った自分を褒めてくれる。「よく頑張ったね」と優しく頭を撫でてくれる。

「……そうだ、デートの約束もしてるんだ。どこに行こうかな……プリンも、すごく楽しみ」

――フェイトちゃん、聞こえているかな?

「えっ!?」

 思いもしなかった、だが今一番聞きたかったその声にフェイトは体が上げる悲鳴も忘れて、上半身を起こし周囲を見渡した。

 ――マテリアルだよ。これに、僕の言葉を込めてたんだ。砕ける直前に、流れるようにね。

「あっ……」

 必死で手を伸ばし、マテリアルを手に取る。ひびが入り、今にも砕けてしまいそうなそれを包み込むかのように、優しく握り締める。

――フェイトちゃんの事だから、きっとうまくいったんだと思う。頑張ったね、フェイトちゃん。

「……はい、頑張りましたよ。だから約束、忘れないで下さいね」

 恐らく自動再生だろうから、フェイトの言葉は今の聖には届いていないだろう。だけど言わずにはいられなかった。聖になら、届いている気がしてならなかったからだ。

――マテリアルに僕の声を残したのは、どうしてもフェイトちゃんに……謝らなければいけない事があるからなんだ。

「……?」

 何故だろうか。その言葉を聞いた途端、フェイトの全身から嫌な汗が噴き出始めた。

――ごめんね、フェイトちゃん。君がこの言葉を聞いている頃には……恐らく僕は、もうこの世界に、いないはずなんだ。

「……嘘?」

 そして……的中してしまった。

――これは、『オブレヴィオン・ナイフ』のせいじゃないんだ。エターナル・ジェネシスが最初に言っていた言葉を覚えているかな?


――我を手に取れば、そうすれば、この現状を打破する事など、造作もありません。ただし、今マスターがもっているもの、そのすべてを捨てる覚悟があるのならば、の話ですが。


「……まさか」

――エターナル・ジェネシスの言っていた意味は、こういう事なんだ。僕の持っているものの全て……つまり、僕の、存在そのもの。

「そん、な……」

 あまりに唐突で、そして残酷な内容にフェイトは身を振るわせた。

――フェイトちゃんにしたキスも、本当ならしたくはなかった。あれはね、マテリアルシステムを他人にも仕えるようにする、唯一の方法……『神の伴侶』っていう儀式の簡略化したものなんだ。本来なら唇にするんだけど、さすがにフェイトちゃんの気持ちを無視してそれをするのは申し訳ないからね。これで出来るか結構不安だったんだけど、成功してよかったよ。駄目だったら本当にフェイトちゃんの唇にしないといけなかったし。

 少し照れくさそうな声で語る聖。聞けば聞くほどに、フェイトは胸が締め付けられる思いだった。

――あれでフェイトちゃんがマテリアルシステムを使えるようになったと同時に、本来なら全ての人間から消えるはずの僕の記憶が、フェイトちゃんにだけは残ってしまうんだ。ごめんね、こんな残酷な結果を残す事になってしまって、本当にごめん。

 ……本当に、何て無慈悲な内容なのだろう。
 自分は聖の姿を、声を、優しい笑顔を忘れない……忘れられないというのに、他の人は聖の事をカケラも覚えていないという。まるで、最初から存在していなかったかのように。
 フェイトの中の、「思い出」という、不確かな記憶媒体でしかその存在を確認出来なくなってしまうのだ。他の人に尋ねても、存在していた確かな痕跡を確認する事が出来なくなってしまうというのだ。もはや、拷問以外の何者でもないではないか。

「嘘だったんですか? ……一緒にお出かけしてくれるって、プリン、食べさせてくれるって、全部、嘘だったんですか?」

――普通に考えれば、嘘を吐くというのは良くない事だよね? でも、フェイトちゃんはこういう言葉を知っている? 『嘘には二つの嘘がある。ひとつは、人を傷付ける冷たい嘘。ひとつは人を守る優しい嘘である』……。


――嘘は確かにいけないと思うよ。でも、嘘を吐く事で誰かを助けられる事もあると思うんだ。だから僕は、嘘の全てを否定はしない。


 あの時の、なのはの事で落ち込んでいた時の、聖の言葉が脳裏に蘇る。

――だから、出来る事なら、早く、僕の事を……自力で、忘れて欲しい。それがきっと、フェイトちゃんにとっても一番いい事だと思うから。

「……違う。それは、絶対に違うよ。こんなの……こんなの、全然、『優しい嘘』なんかじゃないよ……」

 溢れ出る涙を拭おうともしないまま、返事は返ってこないと知りつつも、そう言葉にするフェイト。手の中のマテリアルは、次第にそのひびの数を増やしていく。

――最後に一言、フェイトちゃんに伝えるね。さっきあんな事を言っといてこれを言うのは残酷だって、自分でも分かってるんだけど……どうしても、伝えておきたいから。

「嫌……そんなの、嫌だよ!」

――僕……倉瀬聖は、フェイト・T・ハラオウンの事が……。


――本当に、大好きだったよ。


 その言葉を最後に。
 ついにマテリアルは……粉々に砕け散ってしまった。

「あ……ああ……お兄さん? お兄さん!」

 砕け散ったマテリアルのカケラを握り締め、その破片が指に刺さり、血が流れても、必死で言葉を掛け続ける。

「い、嫌……お願いだから返事をしてよ、ねえ……聖ぃぃぃっっっ!」

 ずっと、呼んでみたかったその呼び方を叫ぶと同時に。
 魔力が尽き、精神的にも限界を迎えたフェイトはその場に倒れ、意識を失った。


「……ゃん、フェイトちゃん! しっかりしいや!」

「……ん?」

 そっと、瞼を開ける。まるで、長い夢でも見ていたかのような気分だった。

「フェイトちゃん! 気が付いたんやな……良かった」

 その瞳に最初に飛び込んできたのは、見知った親友の顔。

「はや、て?」

「びっくりしたで。任務の途中でフェイトちゃんが行方不明になったってクロノくんから連絡があって……急いで終わらせて捜索を始めたんや。ほんと、なのはちゃんといい、うちにあんま心配かけさせんといてや」

 目尻に浮かんだ涙を拭い、はやてはフェイトに抱きつく。

「は、はやて……」

 頬を染めながら、フェイトははやての背中を撫でる。

「ぐすっ……まあ、無事ならええんや……それよりも、隣にいるの……」

「えっ?」

 はやてのその言葉に、フェイトは視線を移す。そこにいたのは……、

「――!」

「確か、レイリア・シュトゥール、やったよな? 聖王教会の騎士の。何回か会った事……あれ? あったような、なかったような? あかん、この歳でもうボケけたかな、うち」

 照れくさそうに語るはやて。だが、それはフェイトにとって、先程の出来事が全て真実である事を証明する事になっていた。

「……ねえ、はやて」

「ん? どうしたんや?」

「………」

 怖かった。尋ねるのが。
 だが、同時に聞かなければならないと思った。確かめなければならない、と。
 カラカラに渇いた口で、何とか言葉を絞り出す。

「はやて、お兄さん……どこに居るか……知らない?」

「えっ……?」

 明らかに動揺した表情を見せるはやて。その反応に、「もしかしたら……」という淡い期待を抱く。

「はやて?」

「ああ、ごめん。お兄さんな。大丈夫や……」

「――!」

 淡い期待が、確かな希望へと変わる。無事だったのだ。はやての反応を見る限り五体満足、というわけではないようだが、それでも……存在している事に、変わりはないのだから。

「さっき連絡したからもうすぐ来ると思うで。クロノくんも」

 だが、その希望は一瞬にして……絶望へと変わる。

「でもフェイトちゃん、クロノくんの『お兄さん』なんて呼んどったっけ? 思わずびっくりしてしまったわ」


――神は確かに奇跡を起こした。一閃の、煌めきのような、一瞬の奇跡を。


「……あぁ……う、くっ……」

 再び涙が溢れる。
 はやり聖は……いなくなってしまったのだ。
 フェイトの思い出の中にだけ、その存在を残して。

「フェ、フェイトちゃん!?」

「あ……うあぁ……あああああぁぁぁぁぁっっっっっ!」

 地面に顔を埋め、大粒の涙を零しながら。
 フェイトはその日……生まれて初めて声を張り上げて……子供のように、泣きじゃくった。

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 聖のスペックは凶悪ですかそうですかサーセンww
 ちなみにラストの戦闘シーンを書いていたとき、頭の中には「Pray」が流れていましたw 名曲です、というかなのはの曲は全部名曲ですww
 さて、このフェイト編も後一話で終了予定です。その後最後の一人であるはやて編へと入りますw「A→S」シリーズ全体でもそろそろ佳境に入るところです、よろしければお付き合いくださいませw

テーマ : 自作小説(二次創作) - ジャンル : 小説・文学

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